一方政府は、貨物輸送がストップすることで首都圏の生活物資が不足し、社会混乱が発生する事態を想定。防衛庁などとも対応を協議した
[有賀宗吉『国鉄職員と組合運動の戦後史』(「鉄道ジャーナル」1984年10月号、鉄道ジャーナル社)]。しかし都内の物価はスト4日目から値下がりに転じ、実際には大きな混乱は起きなかった。政府が調査したところ、生活物資輸送の大半は既に自動車にシフトしている実情が明らかになったため
、
内閣総理大臣の
三木武夫は
12月1日に「ストに屈しない」との声明を発表した。この事態を受けて国労と動労はただちにスト中止に動き、
12月3日までの8日間でストは収束。8日間で旅客列車14万2502本、貨物列車4万1317本が運休した。